JOURNAL #532022.08.23

【ウクライナ危機】東西の橋渡し役としての医師の仕事

医師:長嶋 友希

 空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”を運営しているピースウィンズ・ジャパン(PWJ)は、ウクライナの隣国モルドバの仮設診療所にて避難民への医療支援を継続しています。 現地での医療支援は、登録派遣(ロスター)制度により、継続して医療従事者を派遣しています。これまでも看護師や医師、薬剤師を派遣してきました。
詳細:https://arrows.red/roster/

4月初旬から約4カ月、長嶋友希(ながしま ともき)医師がロスターとして、ウクライナ危機への支援活動をしています。
隣国モルドバで、ウクライナから避難してきた人々と、どのように関わってきたのか、インタビュー形式でご紹介します。

-長嶋さんは、今回のウクライナ危機をきっかけに、空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”に登録派遣隊員(ロスター)に登録いただきました。今回、ピスウィンズ・ジャパン(PWJ)を選ばれた理由を教えてください。
体育学部卒業後にNGOスタッフとしてアフリカで働き、国際保健に興味を持ちました。日本帰国後に医学部編入学し、在学中の2019年に千葉県で房総半島台風があり、インターンとしてPWJの支援に関わりました。
医学部卒業後は医師として働いていましたが、今年4月からフリーランスになったところ、PWJのウクライナ避難民支援活動の医師派遣があることを知り、今回の活動に参加することが決まりました。
 


仮設診療所での医療支援の様子

 
-派遣前は、どのような活動を想像して、現地に行かれましたか?
 派遣が決定してから渡航までの期間が短かったので、現地の様子を正確に想定できていたわけではありません。ただ先に渡航された稲葉医師から状況を伺ったところ、銃創や多発外傷の症例が集まるような急性期病院ではなく、避難民の内科の定期外来や1次救急がメインであるとのことなので、一般的な臨床力でも役に立てるだろうと考えました。

-日々、戦況が報道される中で、ご家族は心配されていませんでしたか?
 独り身なので自由は効きます。両親に関しては理解のある方だと思います。父はアフガニスタンを支援していたペシャワール会の故中村哲先生を尊敬していることもあり、私がウクライナ支援することを喜んでくれていました。母も特別心配をしている様子はみられなかったですね。これまでも私はアフリカなど他国で活動をしていたことがあるので、両親は肚が座っているのだと思います。

-実際にモルドバにきてどうですか?
 地政学的に不安定な位置にいる印象を感じました。モルドバは元々旧ソ連の国であり、現在EUの加盟候補国です。まさに西側諸国と東側諸国の狭間に位置する国であるといえると思います。公用語はルーマニア語とされていますが、年配者は広くロシア語を使用しています。街並みも旧ソ連を彷彿とさせる建物が多く、年配者はソビエト時代に郷愁の念を持っている人も多い印象です。東部にはロシア系住民が入植し、ロシア軍の駐留するトランスニストリア地域があります。
 そのような中でもモルドバの治安は悪くなく危険を感じたことはほとんどないですね。トランスニストリア地域では複数回爆発があったり、5月の戦勝記念日には一部の人がデモをしていたりしましたが、概ね平和です。
 


仮設診療所での医療支援の様子

 
-大変だったことはありますか?
 言語、医療の慣習、価値観といった様々なレベルでの東西のギャップがあり、医療者としてその橋渡しをすることが大変でした。
 例えば医療用語に関して、英語とロシア語で必ずしも1対1に対応している訳ではありません。患者さんがロシア語で「osteochondrosis(остеохондроз)の既往がある」と言われることがあります。この医学用語は直訳すると「骨軟骨症」となるのですが、実際に患者さんが意味するのは「脊椎症(spondylosis)」のことなんです。こういう言語レベルでの違いがあり、通訳との共通理解を図ることが非常に重要でした。
 また医療機関へのアクセスのしやすさも異なります。日本では風邪などのごく軽い疾患でも気軽に医療機関に受診ができる一方、ウクライナやモルドバでは医療機関へのアクセスが限られており、自己治療の慣習があります。
例えば、日本で処方される糖尿病の薬や降圧剤が、ウクライナやモルドバでは市販薬として薬局で売られており患者の自己判断で治療されています。「風邪には抗菌薬と抗真菌薬の併用が必要だ」と主張する患者さんや現地スタッフもいて、その中で理解を得るのに苦労しました。

-印象的な病気や、避難民に特徴的な病気・症状があったら、教えてください。また、それに対して、どのように対処されましたか?
 第二次世界大戦中のソビエトで提唱された「植物性血管性ジストニア(vegetatitive vascular dystonia)」という疾患があります。この疾患はUpToDate®(世界的に利用されている臨床医学情報ツール)にも記載はなく、日本語でこの疾患の情報は見当たりません。この疾患の定義は時代によって変遷してきており曖昧ではありますが、概して「血圧の変動に伴う多様な神経症状・精神症状をきたす症候群」といえます。ソビエト医療はその歴史の中で「本態性高血圧の初期症状として多様な神経症状、精神症状が認められる」と長く考えられてきたこともあり、プライマリーケアで扱うような慢性的な神経症状、精神症状をコントロールするために血圧管理を徹底するという、なんとも摩訶不思議なプラクティスが存在します。
 実際の患者さんでも、長い間「植物性血管性ジストニア」と診断され、典型的なBPPV(良性発作性頭位めまい症)様の反復性の回転性めまいに対して、頓服用のカプトプリル(降圧剤)を処方されてきた症例を毎日のように診ます。私はあくまで日本で医師としての教育を受けてきましたので、こういう症例には一般的なめまい診療を行うようにしています。
 しかし、避難所における緊急の医療支援という性格上、長期間に渡り患者さんをフォローすることも難しいのが実情です。そのこともあり、欧米の医学からみて非合理的な見解であっても患者さんの解釈モデルをむやみに否定はしないように気をつけてきました。結局、個々の患者さんと向き合い、それぞれのケースでの落とし所を探っていくことしかないと思います。
 


仮設診療所での医療支援の様子

 
-長嶋さんは、医療支援が果たす役割は何だと思いますか?
 仮設診療所での診察や処方に加えて、メンタルケアの必要性も痛感しました。祖国が侵攻され家族や友人を残してきた避難民であることもあり、モルドバでの避難生活を必ずしも居心地がいいとも限りません。そういう背景もあり、診察中に感情失禁やパニック発作を起こしている人も少なくなかったです。
 診療所での会話で少しでも気が紛れればと思い、ウクライナの言語も練習して雑談をするように努めました。

-今回の支援に参加して嬉しかったことは何ですか?
 4ヶ月も滞在していると、以前に診察した避難民の方から街中で声をかけられることもあり、わざわざ英語で感謝の言葉をかけてくれたこともあり、感動しました。また、写真にもある通り今年の6月にモルドバの医師会から功労賞もいただきました。
 


モルドバ医師会による授与式の様子

 
-今回、参加して率直な意見を教えてください。
 PWJや空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”の活動はしっかりしているという印象でした。私はNGO業界にいた経験があり、この業界は玉石混交であることを知っていたので、もし納得行かないような活動であるなら2週間で日本に帰国しようと思っていました。しかし実際は毎日刺激とやりがいを感じており滞在延長を希望し続け、結局まだ帰国の日程を決めていません。
 PWJや空飛ぶ捜索医療団”ARROWSは支援するウクライナ避難民のことを第一に考え、寄り添った活動をしていることが、いい意味で驚きでした。

-今後はどのような活動をしていきたいですか?
 8月からウクライナ国内の病院の再建プロジェクトに関わる予定です。臨床からは一旦離れ、爆撃で破壊された医療機材の導入の支援を行うことになっています。

-その支援に参加することで期待することはありますか?
 臨床医として働くのとは別のアプローチで、より多くのウクライナ国民の医療に貢献できればと考えております。医療の視座を広げる経験を期待しております。

-長嶋さん自身、この支援の前と後で考え方など変わったことがあれば教えてください。
 今も支援の真っ最中なのですが、4ヶ月活動してきた中で度胸がついたかなとは思います。既に整えられた枠組みの中で決められた仕事をするのではなく、現場に飛び込み刻一刻と変わる状況の中で、医療サービスを作っていく、という経験は非常に有意義でした。

-ロスター登録を考えている医師の方にメッセージがあったら教えてください。
 ウクライナ侵攻のような歴史的な事件が起こった際に、ただの傍観者になりたくないと強く思いました。医療者の資格があれば、支援という形でその世界に飛び込み、その事件の当事者として活躍が期待されます。こういう経験は、医師としても、人としても、大きな糧になるんじゃないでしょうか。ぜひ挑戦することをお薦めします。

長嶋さんの医療支援の様子は公式Youtubeでも発信しています。
【ウクライナ危機】「なぜか涙が止まらないんです」避難者の苦悩に寄り添う:
https://youtu.be/Fo0GH7iR5EY

空飛ぶ捜索医療団”ARROWS”は引き続き、ウクライナ避難民の方への医療支援を継続するために日本から医療者を派遣していきます。
私たちとともに医療支援を実施してくれる隊員もお待ちしています。
https://arrows.red/roster/

また、今後も活動を継続していくために皆様からのあたたかいご支援・応援もよろしくお願いいたします。
https://krs.bz/pwjpr/m/arrows_supporter?e_1429=3

WRITER

医師:
長嶋 友希

体育学部卒業後にガーナにてNGO活動に従事し、日本帰国後に医学部編入学を経て医師となった。ウクライナ侵攻をきっかけにピースウィンズ・ジャパンにロスター登録し、モルドバにてウクライナ避難民への医療支援活動を行っている。

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