JOURNAL #382022.04.15

戦地から逃れてきた避難民に寄り添う医療者の想い

医師:稲葉 基高

「血圧が高い原因がストレスであることは分かっています。でも落ち着けません。家族を殺されて家も破壊されたんです。落ち着いていられません、、、。」
 
「胃がんで抗がん剤治療をウクライナのハルキウで受けていました。でもその病院は爆撃で無くなりました。私が乗っていた車も撃たれました。24時間以上かけてバスで逃げてきましたが、そのころからずっとお腹の痛みが止まりません。」
 
「もともとずっと薬を飲んでいました。でも避難してきた時に持ってきた薬は切れてしまいました。新しい薬を買うお金がありません。」
 

 
仮設診療所に受診された人々の訴えの一部である。
現在約10万人のウクライナ避難民を受け入れているモルドバの首都キシナウ。
元劇場であった建物(地元ではCinemaと呼ばれている)は今、ウクライナ避難民に対する避難所兼物資配布センターとなっている。その駐車場の一角におかれたコンテナで、我々は診療支援を行うアジアで唯一のチームとして4月7日から診療を始めた。

広いとは言えないコンテナの中に、机とベッド、薬局替わりの棚を詰め込んでのスタート。限られた機器と薬剤。できることは限られているが、開設以来毎日15〜20人程度の避難民が受診されている。前述のように訴えられる症状は様々だ。

他にも「避難してくるときに車で交通事故にあった。」とか「抗がん剤治療に使っていた皮下埋め込みポート(針を刺すもの)が詰まらないようにする洗浄フラッシュがずっとできていない。」などに加え、「歯が痛いのをずっと痛み止めで我慢している。」という人もいた。

一人の医師でできることは限られているが、最初から「診られません」と断ることはしない。とにかくまずはお話を聞いて、できないこと、わからないことは正直に「すみません僕にはわかりません。ここではできません。お役に立てなくてごめんなさい。」と謝罪することにしていた。
 

 
しかし、少なくとも医師としてできるだけのアドバイスをした後には、多くの避難民の方が「スパシーバ(ありがとう)」と言って、少し笑顔になって帰っていかれた。
 

 
国外での活動は、日本での診療と違い、困難もたくさんある。
 
できるだけたくさんの患者さんからゆっくりお話を聞きたいと思うが、言葉の壁も厚い。患者さんから私までの間にも、患者の話すロシア語(母国語ではない)→(通訳)→英語(私の母国語ではない)というプロセスがあるため、細かいニュアンスをやりとりするのは難しく、時間もかかる。

なかなか患者さんの意図を汲めず、歯がゆい思いをすることもあった。

また、これまで私が派遣されてきた自然災害の現場と大きく違うのは、まだ戦争は終わっていない、ということだ。今避難されている方々の街ももっと破壊されるかもしれないし、残してきた家族も殺されるかもしれない。避難民の数も一気に増える可能性もある。そのような状況の中で、どのような言葉をかけてよいのかわからない、というのが私の正直な気持ちだ。

そんな心境で医療活動を行なっていると1人の高齢男性の診療が終わったあと、スッと立ち上がり、胸に手を当てて言われた。

「遠く日本から私たちを支援に来て下さりありがとうございます。多くのウクライナ人がその行動に勇気づけられるでしょう。私はウクライナ国民を代表して日本のすべての人々にお礼を申し上げます。」

私が日本を代表するのはおこがましい限りだが、団体内外の仲間と協力し、この小さな支援を続けられるよう今後も努力したい。

 

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WRITER

医師:
稲葉 基高

ピースウィンズ・ジャパン 空飛ぶ捜索医療団 医師 空飛ぶ捜索医療団プロジェクトリーダー 国内外で多数の災害医療支援経験を持つ。救急科専門医、外科指導医、消化器外科指導医、集中治療専門医、社会医学系指導医、統括DMAT等の資格を活かし、現場の目線を大切にした活動を心掛けている。

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