JOURNAL #162021.05.27更新日:2024.01.18

福祉施設のクラスター対策が「圧倒的に難しい」理由~そもそも生活の場であり、医療を行う場所ではない~

医師:稲葉 基高

国内での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大から約1年半、これまでクラスターが発生したクルーズ船、一般病院、精神科病院と介護福祉施設などに外部支援者として入ってきました。
その中でも圧倒的に対策が難しいと感じたのはやはり介護福祉施設です。私が所属するNGOピースウィンズ・ジャパンでは昨年夏からNGO災害人道医療支援会(HuMA)と連携して介護福祉施設向けのオンライン研修・相談会とPPE(個人防護具)の物資支援を延べ1,300以上の施設に行ってきました。しかし、日本にはまだまだたくさんの施設があり、このような活動がもっと広まっていれば、と感じずにはいられませんでした。

現在はチャットボットを活用して、現場の疑問に応える取り組みを行っています。
(参考)
【福祉施設対象】新型コロナウイルス対策 個別相談会 ~ 無理なく続けられる効果的な感染症対策を徹底サポートします
【福祉施設対象】新型コロナウイルス対策 高齢者・障がい者福祉施設向けの悩みに、AIがお答えします

介護福祉施設での対策が難しい理由

なぜ介護福祉施設ではリスクが高く、対策が難しいのでしょうか?いくつかのポイントに絞って考えてみたいと思います。

そもそも生活の場であり、医療を行う場所ではない

介護福祉の現場にいらっしゃる方からすると「何を今さら」と思われるかもしれませんが、病院で勤務している外部支援者が最初に戸惑うハードルです。
「治療」を目的としている病院と異なり介護福祉施設は基本的に「生活の場」です。特にグループホームやサービス付き高齢者向け住宅など、医療者が常駐しない施設は我々が普段暮らしている家や寮と同じで、もしも発熱、咳、呼吸苦などの症状があれば病院を受診し、肺炎であれば入院、というのが通常の流れです。そもそも施設の中で治療を行っていく想定はありません。スタッフの知識や技術だけでなく、設備やスペースの観点からも、治療やゾーニングを含めた感染対策には困難が伴いました。

スタッフにも感染が拡大しやすい

生活の場ですので病院と比べて活動性の高い人は多いわけです。認知面の問題で徘徊や、食事、排泄、更衣などに介助が必要な方も多く、非常に「密」なケアが必要とされています。食事や入浴の際には利用者のマスクは外さなければなりませんし、そもそも認知面の問題からマスクの常時着用ができない方がほとんど、という施設もありました。
そのような状況の中で利用者とスタッフが密着しなければできないケアがほとんどです。施設内にウイルスが持ち込まれると広がるリスクは病院や他の施設よりも非常に高くならざるを得ません。

医療逼迫の影響をダイレクトに受ける

ここまでの話で、「コロナの患者が出たら全員入院させれば済むことでは?」と思われた方も多いと思います。医療機関のCOVID-19用ベッドに空きがあるうちはそれが可能でした。しかし現在は、病院のベッドが逼迫した状況で、施設で発症してCOVID-19と診断された後もすぐに入院ができない状況が発生しています。
そうした場合、「生活の場」である施設の中で「患者」をケアしていくことになります。平時は利用者が体調不良を起こした場合には病院と連携し、受診や入院へつないでいる施設スタッフにとって、医療の知識を求められる「患者」のケアは非常に大きなストレスで、自身の感染の恐怖もあり極度の疲弊の原因となります。
さらに、介護福祉施設でのクラスターに対応して指導を行う立場の行政も、クラスターが多数起こると指導や支援が滞りがちになってしまいます。一番大変な時期に孤立感を覚えていた施設職員も多くいらっしゃいました。

そもそものマンパワー不足

医療機関も人員が足りている施設の方が少ないかと思いますが、介護福祉施設はさらに慢性的なマンパワー不足に苦しんでいます。そこにクラスターが発生すれば、シフトを組むことがほぼ不可能になります。
上記で述べたようにクラスターが発生した施設では、感染が利用者のみ、または職員のみで収まることはほぼ皆無です。また、職員が感染・発症した場合、その職員は出社できず、PCR陰性と判断された職員が施設に泊まり込んで対応するなど、非常に過酷な状況となってしまいます。また、一部の福祉施設では特定の職員しか対応できない利用者がいることから、発症した職員が勤務し続けざるを得ないという状況もあったと聞いています。病院で感染対策を考えている方からは信じられない話かもしれませんが、これが現実でした。

 

今後も活動を続けていきます

「外部からの支援が入ることで、施設職員の雰囲気が変わった」
「満足に睡眠も取れていなかったので、本当に助かった」
「私たちは孤立していないんだ、助けてもらえるんだ、という気持ちになった」

 

支援に入ったクラスター発生施設のスタッフからいただいた声です。
私たちが支援に入る施設は、全体から比べたらごく一部かもしれません。しかし、支援のプロとして最も支援が必要な場所や内容を見極め、民間ならではの柔軟な支援を提供し、これからも活動を続けていきます。

WRITER

医師:
稲葉 基高

ピースウィンズ・ジャパン 空飛ぶ捜索医療団 医師 空飛ぶ捜索医療団プロジェクトリーダー 国内外で多数の災害医療支援経験を持つ。救急科専門医、外科指導医、消化器外科指導医、集中治療専門医、社会医学系指導医、統括DMAT等の資格を活かし、現場の目線を大切にした活動を心掛けている。

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